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アートのちカラ、デザインのちカラ

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2006年 05月 20日

「にっけいでざいん」のコラム(1994年)

なかなか更新しない我がブログですが、それでも覗きに来てくださる方がいらっしゃるのはありがたいことです。今一度気を引き締めて、がんばりたいと思います。これからもよろしくお願いします。

さて、本題です。

1994年5月に有志5人と始めた“アートビリティ・アンド・アソシエイツ”は、はじめてすぐに日経新聞が記事にしてくれたり、その後も毎日新聞他で取り上げられたりもした。その日経の関連で今度は「にっけいでざいん」のコラムに書いて欲しいとの依頼があった。自分の考えや志をまとめ再確認する良い機会だと、引き受けることにした。

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今読み返すと気恥ずかしいが、12年前の熱き想いを再び!と言うことで、全文を掲出することにする。


 5月に有志5人でアートビリティ・アンド・アソシエイツを設立した。アートビリティ(Artbility)とは、障害者芸術(Art)の可能性(Ability)という意味でつくった造語で、私たちの活動の基本コンセプトである。
 さて、話は3年ほど前に遡るが、私がデザイナーとして20年近くが過ぎた頃のことである。私は作者の名も知らぬ、ある一枚の絵画に出会った。パステルで描かれた具体的な形を持たぬその絵には、絵を描くという原初の感動と色彩の豊かさが満ちていた。今思い返してもそれは不思議な体験だった。これを契機に私は自分のこれまでの仕事を振り返り、反省を込めてデザインの意味とかデザイナーの役割とか改めて考えてみた。この絵との出会いが現在の私の活動の方向性を決定づけたと言えるのだが、その絵は知的障害のある女性の描いたものだったのである。
 私はその絵を初めて見たとき、作者の心の宇宙のようなものを感じ、“情熱”とか“豊饒”というような言葉が頭に浮かんだ。その瞬間である。私はその絵を使って何かデザインしたいという強い思いに駆られたのである。具体的にはワインのラベルとかCDのジャケットで、それはクライアントからの要請のない私のプライベートな作品となった。
 ところで、実は、障害者とアートは昔から深く結びついている。障害者が閉じられた世界の中で自己表現のできる数少ない手段が、絵を描くことだったからである。しかし、それらはほとんど私たちの目に触れることもなく、その評価も、「障害を乗り越えて」式の賛辞でお茶を濁す程度であった。だから彼らにとって身近なアートではあっても、それによって自分の生活を支えている障害者の数はきわめて少ない。
 では、そもそもアートとは何であろうか。それは、作家の魂の解放とも言うべき自己の内面の表出であろう。それは、絵画や彫刻や音楽や舞踏など、様々な手段で表現され、その強力なメッセージによって観る者を感動させるのだと思う。とすればそこに障害のあるなしは、本来関係ないはずである。しかし、現実には彼らの活動の場は狭い。それは、この社会が健常者の作ったシステムで機能し、システムの効率を妨げるものを極力排除してきたからである。こうした弱者切り捨ての社会の形成に、私たちデザイナーが無関係であったとは言いがたい。なぜならデザイナーの役割とは、人ともの、人と人、人と社会といった様々なコミュニケーションの理想的な仕組みを、社会的、倫理的な視点で創ることだからである。
 今日そうした視点に立ち帰って、社会的問題の解決にデザイナーが積極的に関与し始めた。エコロジーなどは特に注目に値する。一方、障害者との共生や高齢化社会への対応については未だスタート地点すら見つからない状態である。私たちは障害者アートをデザインの中に積極的に取り込んでいくことにより、彼らの社会参加を促し、彼らの存在をアピールし、障害者の住みやすい社会を実現したい。それは障害者の住みやすい社会は、素朴に子供や老人にとっても住みやすいはずだからである。私たちは今こそ彼らの感性に心を開き、彼らの知恵に学ぶべきではないだろうか。
(にっけいでざいん1994年8月号)

by LunaSmileDesign | 2006-05-20 18:26 | etc.


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