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2005年 09月 25日

いすみ学園のジャム・ラベルデザイン(1994年)

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「アートビリティ・アンド・アソシエイツ」(以後、A.A.A)の設立の準備をしている間に東京コロニーのT君(A.A.Aのメンバーの一人)から、千葉県にある自閉症者の援護施設、いすみ学園で製造販売しているジャムのラベルのデザインをやらないかという話が来た。だったら、A.A.Aの初仕事ということで障害者アートバンク(以後、アートバンク)の登録作家でやろうということになった。
時間的にはゆとりがあるというので、オリジナルで作ろうと言うことで意見が一致した。僕は以前からアートバンクの登録作家、田辺綾子さんの子どもの日常の一こまを切り取った絵に惹かれていて、彼女とできれば仕事をしたいと思っていたので、早速連絡を取って彼女のお宅へ出向いて直接口説き落とすことにした。
自分に厳しい田辺綾子さんは、そう簡単に「うん!」とは言わなかったが、A.A.Aの趣旨を説明し是非協力して欲しいと、何とか説得することができた。

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これがそれまでいすみ学園で使用していたジャムのラベル。素朴でわかりやすいが、やはり、ありきたりでインパクトに欠けるデザインだった。

田辺さんに対する僕からのリクエストは、ジャムの素材そのものをイラスト化するのではなく、例えばリンゴジャムであれば、リンゴをモチーフにした子どもの日常の一つの情景にして欲しいというもので、今から思い返せば随分無理難題を言ったものだと反省している。ま、そんな難題に生真面目な田辺さんは随分悩んだようで、しばらくしてできそうもないと断りを入れてきた。困った僕としては、何とか決心を翻らせようと、また田辺家へ出向き、ああだこうだと、醜いおとなの本性をあらわに、あめとむちで何とか作業を続けるよう説得したのだった。
このように、こちらの意図を伝えその制約の中で絵を描いて貰うという、我々デザインの世界では当たり前のことに、アートバンクの登録作家の中でも可能な人には是非挑戦して欲しいという願いを込めた田辺さんへの仕事の依頼は、こうして紆余曲折の末、実現したのだった。

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余談ではあるが、ラベルの題字は田辺さんの自筆によるもの。当初活字にしようと考えていたのだが、田辺さんから貰う葉書とか手紙の、彼女の字が好きで、いやがる彼女を無理矢理説得して描いて貰ったのだった。でもその甲斐はあったと自負しているのだが、どうだろう?
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いすみ学園で販売しているジャムの3個入りセット。箱のシールももちろん田辺さんの絵である。
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by LunaSmileDesign | 2005-09-25 17:33 | ラベルデザイン
2005年 09月 19日

「アートビリティ・アンド・アソシエイツ」のこと─其の弐─

ここで現在のアートビリティ(旧称・障害者アートバンク)と、「アートビリティ・アンド・アソシエイツ」との名称の関連について簡単に説明すると、僕らの「アートビリティ・アンド・アソシエイツ」は残念ながら1999年には実質的な活動を停止していた。その後個人的には復活を目指していたが、障害者アートバンクの母体である東京コロニーが2001年に50周年を迎えるに当たり、かねてから障害者アートバンクの名称変更を模索していて、その50周年を節目に変更したい旨の相談を受け、名称の譲渡を提案した訳である。
実はアートビリティの名称そのものは「アートビリティ・アンド・アソシエイツ」を設立した時点で、僕のクライアントであるある企業を通して商標登録を済ませてあった。
ということで2001年に僕のクライアントから譲渡というカタチで正式に障害者アートバンクにアートビリティの名称が移ったのである。

さて、ポストカードの制作・販売から始まった「アートビリティ・アンド・アソシエイツ」であるが、障害のあるアーティストの作品をデザインという行為を通して商品化するというのが、実は大きな目標だった。それにはアートビリティの理解と応援が必要ということで、活動報告をメインに「アートビリティ通信」を季刊誌として発行することにした。

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創刊号は1994年11月発行。A4で4ページ、500部の発行であった。
表紙で僕らの「アートビリティ・アンド・アソシエイツ」設立の趣旨を高らかに謳っている。今読み返すと気恥ずかしいが、あえて全文を紹介する。

─障害者アート専門の企画団体が発足─
障害者アートを専門に扱う企画団体が、有志5人のデザイナーたちによってつくられました。その名もアートビリティ・アンド・アソシエイツ。アートビリティとは、アートの可能性を意味する造語です。障害者の芸術を本格的に商業デザインの中に取り込んでいこうという試みは珍しく、その成果が注目されています。

 アートビリティ・アンド・アソシエイツは、1994年5月にグラフィックデザイナー西田克也を中心にして、生まれました。この団体は、障害者アート専門のプランニングセンター。障害を持った人たちの美術作品をデザインの現場で活用し、社会参加につなげていこうというものです。
デザイン関係の仕事に携わる人で、自分たちの仕事の内容に時々さびしさを感じてしまう人はいないでしょうか。そんなあなたは、アートビリティの仲間になる資格が十分にあります。自分はデザイナーでないけれど、製品をつくるのであるならば、社会的に意味のあるデザインを取り入れるべきだと考えているあなたにも、ぜひとも仲間に加わっていただきたい。アートビリティでは、私たちの運動に協力してくださる力強い味方を大募集しています。
 そもそも、デザイナーの役割とは人ともの、人と人、人と社会といったさまざまなコミュニケーションの理想的な仕組みを社会的、倫理的な視点で創ることです。果たして、私たちは、あまりにも効率性、利便性のみを追求しすぎてきたのではないでしょうか。
 今からさかのぼること20年前、インダストリアルデザインの世界で来るべき未来に向けて警鐘を鳴らしていた人がいました。ヴィクター・パパネックは、1971年に出版された『生きのびるためのデザイン』の冒頭でこう記しています。「いまやデザイナーは危険な職種となった。マス・プロダクションのなかで人目を引く〈刺激的〉なだけのデザインがまかり通り、不必要なだけでなく有害な製品が地球を汚し続けている。本来、デザイナーには強い社会的、道徳的責任感が要求される。また、デザインに実際に関係する人々には、公衆についての理解の深さが要求されると同時に、一般の人々には、デザインの成り行きを見る目が要求されるのである・・・」
 ここでパパネックが語っているデザインとは主に、インダストリアルデザインのことを指しているのですが、広告デザインにもまったく同じことがいえるのではないでしょうか。パパネックが『生きのびるためのデザイン』のなかで具体的に生態学的デザイン(環境に優しいデザインのはしり)を提唱したように、アートビリティでも世の中に対して「社会的に意味あるデザイン」の提案をおこなっていきます。そして、その具体案としてアートビリティが掲げているのが障害者アートを全面に押し出したデザイン運動であるというわけです。
 小さな団体ではありますが、いつの日かこの活動を社会的にも大きなムーヴメントにしたいと夢見ております。
 みなさまのご協力をよろしくお願い申しあげる次第です。

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最初季刊誌を目指して始めたのだが、何せ僕と以前にも紹介した元CPCのN女史(彼女もアートビリティ・アンド・アソシエイツのメンバーだった)と、ほとんど2人で企画・編集・デザイン・印刷管理・発送をこなさねばならず、発行が遅れに遅れたりした。

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そういう状況の中で、ついに1998年11月発行の第6号で休刊。
「アートビリティ・アンド・アソシエイツ」は、ほとんど個人レベルの活動で、微力ではあったが、それなりにいろんな成果もあった。それらについては今後、順次紹介していきたいと思う。

※なお、「アートビリティ通信」ですが少し残部があります。興味のある方には差し上げますので、ここのコメントを通じてご一報ください。
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by LunaSmileDesign | 2005-09-19 19:36 | アートビリティ通信
2005年 09月 18日

「アートビリティ・アンド・アソシエイツ」のこと─其の壱─

1994年5月、当時障害者アートバンクと関わりのあった有志5人で「アートビリティ・アンド・アソシエイツ」という小さな団体を設立した。
アートビリティ(Artbility)とは、障害者芸術(Art)の可能性(Ability)という意味で、僕が造った造語である。これは日頃からアートバンクの活動をより多くの人に知って貰うにはどうすべきかを考えていた中での僕らなりの回答で、できることから始めようと、具体的には5人でささやかながら資金を出し合って、アートバンクの登録作家の中で僕らの趣旨に賛同してくれる作家のポストカードをまず一人分制作し販売するというもの。それから制作費を回収した時点で次の作家のポストカードを制作・販売する。と、これを繰り返す訳である。
最初にアートバンクの精神的な支柱であった太田利三さんから始め、1997年までの3年間に6人の作家のポストカードを制作することができた。


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太田利三さんのポストカード。実質的な活動がこれから始まった。

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次に徳岡麻実子さんのポストカードを制作。お母様のアートビリティに対するエバンジェリストぶりは、僕らを大いに勇気づけ、販売に関しても大変な営業活動をしていただいた。

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3人目は夢村さん。因みに、1人分が5枚1セットで、1,000セット印刷し、1セット600円で販売していた。

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1995年に入って最初に制作したのが西垣豊さんのポストカード。用紙に再生紙を使うなど、こだわりはあった。

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5人目に小池誠さんが登場。作家との共同作業という意味では、小池さんにはデザインとか印刷の再現性とかで大いに助力をいただいた。

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1997年,6人目の作家として田辺綾子さんに、今度はオリジナルの描き下ろしを!ということでお願いした。
それまではアートバンクの登録作品を使って制作していたのだが、アートビリティとしてはどうしてもオリジナルを制作したいという思いがあったのである。
いわゆる絵手紙的なアプローチとして、彼女に詩を創ってもらったり、物語性のある構成にしたりと、とてもチャーミングなポストカードに仕上がったと思うのだが、どうだろうか?

さて、「アートビリティ・アンド・アソシエイツ」としてのポストカードの制作はここで終了してしまったのだが、その意志は障害者アートバンク(現アートビリティ)に受け継がれていった。

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これが「アートビリティ・アンド・アソシエイツ」のロゴマーク。3つのA(Art、Ability、ActionあるいはArtbility And Associates)のつながりを表現した。
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by LunaSmileDesign | 2005-09-18 20:17 | ポストカード